場所が消えて、野球が消えた。 「始められない」は、才能の問題ではない

2026.08.16配送コラム

場所が消えて、野球が消えた。 「始められない」は、才能の問題ではない

HOUND JAPAN COLUMN

場所が消えて、野球が消えた。
「始められない」は、才能の問題ではない

甲子園に日本中が熱狂し、大谷翔平が海の向こうで記録を塗り替える時代に、
少年野球の競技人口は10年で4割減った。
この矛盾を、軽貨物の現場から考えてみたい。

夏になると、街の空気が少しだけ野球の色になります。テレビからは金属バットの音、球場の校歌、実況の声。ハウンドジャパンのドライバーにも、休憩中に高校野球の速報を追いかけている人は少なくありません。40代・50代が中心の業界ですから、当然といえば当然です。

ところが、日本経済新聞の記事(2026年8月16日「チャートは語る」)を読んで、少し手が止まりました。プロ野球の観客動員は昨年2704万人で過去最高。一方で、小学生の競技人口は10年前から4割減ったというのです。見る人は増え続け、する人は減り続けている。少子化のペースを、はっきり上回る速度で。

なぜでしょうか。記事が挙げていた理由のうち、私たちが強く反応したのは二つでした。場所がないことと、お金がかかること。この二つは、軽貨物の世界で私たちが毎日考えていることと、驚くほど同じ形をしています。

「見る人」と「する人」は、いつから別の存在になったのか

本来、この二つは地続きのはずでした。空き地でボールを追った子どもが、テレビの前で選手の凄さに唸る。自分でやったことがあるから、プロの何が異常なのかがわかる。その理解が、文化を厚くしていく。

けれど今、観客席は満員なのに、グラウンドに立つ子どもは減っている。消費される側は華やかで、担う側だけが細っていく。この構図に、私たちは既視感があります。

物流も、まったく同じ形をしているからです。ネットで注文する人は増え続け、翌日配送は当たり前になった。一方で、その荷物を実際に運ぶ人は増えていない。使う人と担う人の間に、静かに、しかし確実に溝が広がっている。野球の話は、ずいぶん遠いところから、私たちの足元を照らしていました。

熱狂は、担い手を自動的には生まない。
スターがいることと、次の世代が育つことは、別の問題である。

場所が消えれば、競技は消える

記事のなかで、もっとも静かに衝撃的だったのはここでした。人口10万人以上の自治体では過半数の公園でボール遊びが禁止または制限され、東京都内では8割以上に及ぶ。公園の数そのものは20年で3割増えているにもかかわらず、です。

つまり、器は増えたのに、使えなくなった。子どもたちは野球に飽きたのではなく、やる場所がないから始めていない。年に一度でも野球をする10〜11歳は16.1%だといいます。放課後の定番だった遊びが、いつのまにか「わざわざ環境を用意しないとできないもの」に変わってしまった。

これは才能や意欲の話ではありません。環境の話です。そして環境の話は、いつも同じ結論に行き着きます。人は、場所があるところにしか育たない

軽貨物業界にも、まったく同じことが起きています。「若い人が入ってこない」「独立したがる人が減った」と嘆く声は多い。けれど本当にそうでしょうか。走りたい人がいないのではなく、安心して走り出せる場所が用意されていないだけではないか。案件があり、教えてくれる人がいて、失敗しても戻ってこられる。そういう場所を持っている会社にだけ、人は根づいていきます。禁止だらけの公園に子どもが集まらないのと、まったく同じ理屈です。

「始められない」の正体は、才能ではなく入口の設計

もう一つ、記事が指摘していたのが経済的な負担でした。用具代、月謝、そして共働き家庭に重くのしかかる送り迎え。少年野球を始めるには、子どもの意思の前に、家庭の余力が要る。

残酷な話です。入口にコストが集中する仕組みは、能力ではなく環境で人を選別してしまう。もしかしたらものすごい選手になったかもしれない子が、単に「うちは無理だね」の一言で分岐していく。減った4割のなかに、そういう子が何人いたのかは誰にもわかりません。

この構造を、私たちは他人事として読めませんでした。軽貨物もまた、入口にコストが集まりやすい仕事だからです。車両をどう用意するのか。開業の手続きは何から手をつけるのか。最初の月、案件がなかったらどうするのか。やる気があっても、入口の設計が悪ければ人は入ってこられない。それは本人の問題ではなく、受け入れる側の設計の問題です。

POINT

続けられるかどうかを決めるのは、本人の根性ではない。
始める時に、どれだけ余計なものを背負わされたかである。

だから私たちは、入口を軽くすることにこだわってきました。未経験から始める人の初期負担をどう下げるか。独立を目指す人が、どの順番で何を身につければいいのか。走り出す前の不安を、できるだけ小さくしておく。派手な仕事ではありませんが、ここを設計しないかぎり、担い手は増えないと考えています。

二極化しているのは、子どもだけではない

記事の終盤に、こんな指摘がありました。本格的にスポーツをする一部の子と、まったくしない多数派に分かれていく。中間が消えていく、と。

ここを読んだとき、これは子どもの話ではないな、と思いました。大人の働き方も、いま同じ形になりつつあります。自分で選んで動く人と、動かないまま与えられたものを受け取る人。その差は毎日ではわからないほど小さいのに、10年でとんでもない距離になる。

軽貨物は、その分岐が見えやすい仕事です。同じ地域を、同じ時間だけ走っていても、数年後の姿はまるで違う。ルートを工夫する人、荷主との関係を育てる人、車両を増やして人を任せる側に回る人。逆に、言われた分だけこなして終わる人。環境が同じでも、結果は同じにならない

ただ、誤解のないように言えば、これは意識の高い低いの話ではありません。動ける環境にいるかどうかが、まず先にあります。禁止だらけの公園で子どもが走れないように、余白のない現場では、人は工夫のしようがない。環境が水準をつくり、その水準のなかで人が選択をする。順番はいつもこちらです。

甲子園を見ながら、私たちが考えていたのはそういうことでした。熱狂は勝手に生まれてくれる。けれど担い手は、誰かが場所をつくらないかぎり、決して勝手には生まれない。

運ぶという仕事も、たぶん同じです。荷物が増え続ける時代に、運ぶ人が育つ場所をどうつくるか。それは業界の課題であると同時に、私たち一社の宿題でもあります。今日もどこかの街で、誰かの荷物が誰かの手に渡っている。その当たり前を、次の10年も続けていくために。

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※本コラムは日本経済新聞「チャートは語る」(2026年8月16日)の報道に着想を得て、軽貨物配送の視点から執筆したものです。